東京高等裁判所 平成3年(行コ)51号 判決 1993年2月10日
控訴人
東日本旅客鉄道株式会社
右代表者代表取締役
住田正二
右代理人支配人
門雄策
右訴訟代理人弁護士
茅根煕和
同
春原誠
被控訴人
群馬県地方労働委員会
右代表者会長
松沢清
右指定代理人
今井利雄
外三名
被控訴人補助参加人
国鉄労働組合高崎地方本部
右代表者執行委員長
木暮悦郎
被控訴人補助参加人
八木均
被控訴人補助参加人
坂庭稔
被控訴人補助参加人
清水馨
被控訴人補助参加人
岡村昌美
右被控訴人補助参加人ら訴訟代理人弁護士
内藤隆
同
山田謙治
同
松本淳
同
若月家光
同
采女英幸
同
藤倉眞
同
白井功一
同
嶋田久夫
主文
一 原判決を取り消す。
二 被控訴人が群地労委昭和六二年(不)第八号不当労働行為救済申立事件について、平成元年三月二三日付でなした不当労働行為救済命令はこれを取り消す。
三 第一、二審とも、訴訟費用は被控訴人の、参加によって生じた訴訟費用は被控訴人補助参加人らの各負担とする。
事実
一 控訴人は主文同旨の判決を求め、被控訴人及び被控訴人補助参加人らは、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。
二 当事者双方の主張及び証拠関係は、次のとおり付加するほかは、原判決事実摘示並びに原審及び当審訴訟記録中の各証拠関係目録記載のとおりであるから、これを引用する。
(控訴人の追加的主張)
被控訴人補助参加人らのなした富士重工株式会社伊勢崎製作所(以下「富士重工」ともいう。)正門前の行動(以下「本件行動」という。)は、その目的、態様、影響などからみて控訴人の重要な施策である出向制度を崩壊させかねないおそれのある極めて重大な就業規則違反行為である。被控訴人補助参加人八木ら四名は本件行動に参加し、控訴人を誹謗中傷するビラを配り、出向先である富士重工の工場に向けて「強制出向反対」のシュプレヒコールを行うなどしたのであるから、その違法性は軽微とはいえず、本件懲戒処分は妥当なものというべきである。
控訴人の懲戒の種類は、懲戒解雇、諭旨解雇、出勤停止、減給、戒告の五種類があり、出勤停止は「三〇日以内の期間を定めて出勤を停止し、将来を戒める。」と規定されている(就業規則一四一条)。そして、出勤停止は、実際の運用は一〇日以下の場合は一日単位であるが、それ以上は五日きざみの量定で行われる。控訴人の昭和六二年度の懲戒処分者総数は四五七名であり、これを量定別に分類すると、懲戒解雇が一四名、諭旨解雇が四名、出勤停止が一二八名、減給が六一名、戒告が二五〇名であり、出勤停止の内訳は、五日以下が四九名、五日を超えるものが七九名である。そして、控訴人作成の「昭和六二年度の処分事例(出勤停止五日)」と題する書面(<書証番号略>)により、本件懲戒処分と昭和六二年度に出勤停止とされたその他の懲戒処分の事例とを比較すると、その他の事例は無断欠勤、酒気帯び運転、業務命令違反などであり、いずれも企業の運営に対する影響という観点からするとそれ程重大なものとはいえない。懲戒は、企業が広く企業の秩序を維持確保し、もって企業の円滑な運営を可能にするための制裁罰であるから、処分の量定にあたっては、企業の運営に関する影響の程度が重視されるべきところであるところ、本件行動は、出向制度という控訴人にとって極めて重要な施策に対する攻撃であり、前記諸事例に比べて企業の運営に対する影響ははるかに大きく、その非違の程度は重大であるというべきである。
控訴人は、本件行動に参加した者のうち現認することができた被控訴人補助参加人八木均ら四名に対して本件懲戒処分を行ったものであるが、本件行動の出向制度に及ぼす影響の重大性からすれば、出勤停止五日の処分量定は妥当なものであり、また、控訴人において昭和六二年度に同じ処分を受けた他の事案と対比しても処分が重すぎるということはない。したがって、本件懲戒処分は、控訴人が適正に懲戒権を行使した結果であり、被処分者らを国労組合員であることをもって不利益に扱ったものではなく、また、同組合の分裂ないし弱体化を図ったものではないから、不当労働行為に該らないというべきである。
(控訴人の追加的主張に対する、被控訴人補助参加人の認否)
控訴人の追加的主張は争う。
被控訴人補助参加人らの本件行動によって控訴人が主張するような支障や障害はいっさい生じていない。換言すれば、もし、被控訴人補助参加人らが本件で不当に威圧的な行動に出たとすれば、当該出向先企業(本件では富士重工)は「後難」を恐れて控訴人からの出向を拒否するのが通常であると思われるが、本件ではそのようなことはなく、その後も被控訴人補助参加人組合の出向者を富士重工は受け入れている。これは、要するに、被控訴人補助参加人らの本件行動が出向先企業の秩序に害を及ぼすようなことはなかったことを示すものであり、したがって、これらを理由とする本件懲戒処分には何ら理由がないことを意味している。
理由
一請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二本件行動と本件懲戒処分のなされた経緯
控訴人の設立経緯や従業員数、本件出向制度が採用されるに至った経緯、出向制度に対する国労東日本本部の態度と控訴人との団体交渉の経過、第一次出向から第三次出向までの経緯の概要、被控訴人補助参加人らによる本件行動の概要などについての当裁判所の認定は、原判決八枚目裏初行目から一七枚目表二行目までと同一であるからこれを引用するが、その概要は以下のとおりである。
1 控訴人は昭和六二年四月一日に設立されたが、当時の社員数は約八万二五〇〇人であり、そのうち高崎運行部の社員数は、約四三〇〇人であった。右当時の旅客運送事業(バスを含む)に必要と見込まれていた社員数は、約七万三〇〇〇人(高崎運行部では約三六〇〇人)であったから、会社的には約九五〇〇人(高崎運行部では、約七〇〇人)のいわゆる余剰人員が存在していた。このように控訴人は、設立当初から大企業一社分にも相当する膨大な余剰人員を抱えていたから、これらの人員をいかに活用するかが、控訴人が順調に発展するか否かを左右する最大の眼目の一つであった。
2 そこで、控訴人は関連会社の育成や民間会社での社外教育などの観点から出向を積極的に推進することとし、昭和六二年五月二六日付で、「関連会社の出向の推進について」と題する書面を発し、各労働組合の協力を求めたところ、東日本旅客鉄道労働組合(東鉄労)、東日本鉄道産業労働組合(鉄産労)、JR東日本鉄輸労働組合(鉄輸労)、鉄道医療協議会(医療協)の四労働組合とは同月二八日付で「出向の取扱いに関する協定」を締結した。しかし、国鉄労働組合(国労)東日本本部は、出向は募集により行うこと、強制強要はしないことなどを控訴人に申し入れたところ、控訴人は就業規則、出向規定などにより人事の一環として出向を行い、必ずしも出向者の事前同意を要しないとの見解を示したため、右両者間に五月中に三回の団体交渉が行われたものの、両者は合意に至らなかった。
3 控訴人は同年五月二九日、団体交渉の席上において、国労東日本本部に対し、六月一五日以降出向を実施する旨通告した。控訴人は、同年六月一日、高崎運行部長名で、被控訴人補助参加人組合員五名に対し同月一六日付で出向させる旨の事前通知(第一次出向)を発した。また、同月一六日、同組合員二名に対して同年七月一日付で出向させる旨の事前通知(第二次出向)を発した。さらに控訴人は、同年七月一六日、一七日、及び同月二一日に、高崎運行部長名で同組合員三二名に対し、同年八月一日付で(うち一名は同月五日付で)富士重工などに出向させる旨の事前通知(第三次出向)を発した。
4 この間、国労東日本本部と控訴人とは同年六月から七月末まで数回出向について団体交渉を行ったが、出向の事前同意や出向者の人選基準などをめぐって意見は対立したままであった。また、被控訴人補助参加人組合も控訴人高崎運行部に対して、同年五月二三日ころから同年七月末までの間数回にわたり、出向の事前通知の撤回や団体交渉による解決の申し入れをし、団体交渉も行ったが、双方の意見は対立したままであった。
5 被控訴人補助参加人組合は六月二三日、第二次出向について、被控訴人に対し不当労働行為の申立てと審査の実効確保の措置勧告の申立てを行い、被控訴人は同月二七日付で控訴人に対し、出向命令の実施については現在被控訴人において審査中であり、十分留意の上慎重を期せられたい旨の勧告を行った。また被控訴人補助参加人組合は同年七月二一日、第三次出向について、被控訴人に対し、不当労働行為の追加申立てと審査の実効確保の措置勧告の申立てを行い(第一次出向については、同月二八日に追加申立てを行った。)、被控訴人は同月二八日付で前同様の勧告を行った。
6 被控訴人補助参加人組合は、同月三一日、同組合独自の行動として、翌八月一日に出向先の富士重工伊勢崎製作所の門前でビラ配布などの情報宣伝活動を行うことを決定し、同組合青年部長唐沢武臣(以下「唐沢」という。)を当日の責任者とした。
7 唐沢や被控訴人補助参加人四名を含む被控訴人補助参加人組合員二九名は、同年八月一日午前七時〇五分ころ、同組合の宣伝カーに分乗し、あるいは自家用車で富士重工伊勢崎製作所正門前に集合した。同正門付近は、一般住宅が多く建ち並ぶ比較的閑静な地域であった。
8 補助参加人組合員らは、各自ハチマキ、腕章を着用し、午前七時一〇分ころから出勤してくる富士重工社員に控訴人の出向施策などを批判した内容のビラを配り始めた。また、唐沢、補助参加人坂庭、補助参加人組合員生方徳重の三人は、七時一五分ころから七時四五分頃までの間、交替で、正門の道路反対側の駐車場付近に駐車した宣伝カーのスピーカーを使い、かなりの音量でマイクにより、控訴人の出向施策などの不当を訴える趣旨の演説を行った。
9 富士重工総務課長徳原昌夫は、同日午前七時三〇分ころ、正門前の被控訴人補助参加人組合員らに対して何をしにきたのかを尋ね、社員の通行の邪魔にならないよう道を開けることを申し入れた。さらに徳原昌夫はその後宣伝カーの傍らにいた唐沢のところに行き、社内放送及びミーティングが始まるので午前七時五〇分には演説等を止めてほしい旨申し入れたところ、唐沢はこれを了承した。同課長は、また、唐沢に対し、補助参加人組合員がビラを配布している場所が富士重工の敷地内であること、再び同様の行動を行ったときは別の対応を取ることを申し述べた。
10 同日午前七時五〇分頃、控訴人の富士重工への出向を命じられた者及び引率者が富士重工に到着し、正門から入門したが、その際門前に集合していた被控訴人補助参加人組合員らは、出向者に向かって拍手し、唐沢の音頭で「国労組合員頑張れ。出向者頑張れ。強制出向反対。」などのシュプレヒコールを五、六回繰り返した後、同日午前八時ころ解散した。
11 控訴人高崎運行部次長谷哲二郎は、同日朝、部下から本件行動の報告を受け、同日午前一〇時一〇分ころ、富士重工を訪れ、同社の齋藤雄一総務部長、徳原総務課長らと面会し、本件行動について陳謝した。その際、齋藤部長は「初日にこんなことがあって社員の間に動揺が出るのではないかと心配しています。」「もし、今後何か、また起きれば出向の受け入れについて考え直させていただくかもしれません。」「もう二度とこのようなことがないように是非お願いいたします。」と述べた。
12 当日の行動自体に被控訴人補助参加人組合員らと富士重工社員との間にはトラブルはなく、富士重工当局に対して、富士重工社員から若干の問い合わせはあったが、社員や住民などからの抗議や要求などはなかった。
13 控訴人は、本件行動は、控訴人の重要な施策である出向制度の遂行に多大な支障を来すおそれがあるものであると同時に、控訴人の信用を著しく失墜せしめたとして、調査の結果、同年九月二九日付で、本件行動に参加したことが判明した被控訴人補助参加人四名に本件懲戒処分をした。
三以上の事実を前提に本件行動の正当性について以下判断する。
労働組合ないし労働者が、経済的地位の向上を図る目的で、職場の内外で使用者の経営方針や労務政策などを批判し、演説やシュプレヒコール、ビラ配りなどによるいわゆる情報宣伝活動(略して「情宣活動」ともいう。)を行うことは、もとより社会的相当性の範囲内にある限り何ら違法とされるものではない。しかしながら、企業の経営は専ら企業主体(使用者)の危険と責任において遂行され、ことに企業は様々の第三者との取引(本件におけるような外部企業との委託による出向も含む)によりその経営の実を挙げようと努めるものであり、他方労働者は賃金を対価として使用者の指揮命令下に労働力を提供するものであるから、労働組合ないし労働者の職場外での情報宣伝活動であっても、企業の円滑な運営に支障を来しまたは使用者の業務運営や利益等を不当に妨げ若しくは不当に侵害するおそれがあるような行為は慎しまなければならないことは当然であり、このことは、情報宣伝活動の内容が不当な場合はもとより、情報宣伝活動の内容自体は相当なものであったとしても、その外部的態様(時間、場所、行動内容、影響等)などからして使用者やその取引先たる第三者に対して不当に不安動揺を生じさせ、もって企業の円滑な運営を妨げるおそれがあると判断される場合も同様である。したがって、労働組合ないし労働者の前記のような情報宣伝活動の正当性を判断するにおいては、そのような情宣活動の内容のみならず、当該情宣活動がなされるに至った経緯、目的、態様、当該情宣活動により生じた影響など諸般の事情が総合的に考慮されたうえでなされなければならない。そして、右のような見地から判断して、それが使用者の業務運営や利益を不当に侵害するもので、労働組合ないし労働者の正当な活動の範囲を超え、企業の円滑な運営に支障を来すおそれがあると認められる場合には、それが仮に、職場外でなされた職務遂行に関係のない場合の行為であっても、使用者は企業秩序の維持確保などのためにそのような行為に対して懲戒を課することも許されると解される(最高裁判所昭和五八年九月八日判決、判例時報一〇九四号一二一頁参照。)。
ところで、先に見たように、控訴人と国労との間には、出向の基準や出向に労働者の個別の同意を必要とするかどうかなどについて意見の対立があり、種々交渉が行われたものの決着をみない中に本件出向命令が発せられたものである。すなわち、控訴人は、出向命令を発出するに際し、事前に労働者の個別同意は不要との立場をとっていたものであるが、これに対して被控訴人補助参加人組合らはこれを不当労働行為であるとして被控訴人に前認定のとおり救済命令の申立てをした。このように出向の手続や基準をめぐって労使交渉や労働委員会への救済申立てが行われているという状況下で、労働組合の側において出向受け入れ先企業に向けて情報宣伝活動を行うことが必ずしも許されないものではないとしても、その内容、方法、態様等は、出向先企業に対し不当に不安動揺を与えたり、出向先企業の出向元企業に対する信頼を失わせ、もって出向元企業の出向制度の円滑な実施に不当な影響をもたらすようなものでないことが要求されるところである。なぜなら、出向の基準や手続をめぐって労使が交渉を行うことと、企業が企業の業務経営上の必要から出向受け入れ先企業の開拓や信頼関係維持に努めることとはもとより別個の事柄であって(労働者においてもこのような信頼関係を尊重しなければならないことは労働契約における信義則上の義務であると考えられる。)、企業が現に出向の受入れ先企業の開拓等に努力を傾注している最中に交渉の対象となる出向制度自体の破壊につながるおそれのあるような行動をすることは、例えば出向の実施そのものが使用者の権利濫用であることが一見して明白であるなどの特段の事情の認められる場合は別として、企業の円滑な運営を妨害するものとして労働組合の正当な活動の範囲内であるとは到底肯認され得ないからである。
これを本件についてみるに、まず本件出向命令が発せられた当時、控訴人は民間会社としての新会社発足後余り間がなく、前認定のとおり控訴人会社高崎運行部においても社員の約二割近い約七〇〇人のいわゆる余剰人員を抱えており、これらの人員を有効に活用することが、控訴人会社の基盤整備上極めて緊要な課題であった。そのため関連会社の育成、関連事業に取り組む際のノウハウの蓄積や社員の民間会社での社外教育等の観点から出向先企業を開拓し、さらにはこれら企業との信頼関係を維持発展させることが極めて重要な意義を有していたことは明らかで、被控訴人補助参加人らもこのことを十分認識しまたは認識し得る立場にあったものと認められる。そして、本件行動の内容、態様等についてみるに、同補助参加人らがなした演説内容、配布されたビラの内容自体は、本件出向命令が労働者の同意を得ずに行われたものであること、出向が国労組合員に偏り不当労働行為に該当すること、多数の地方労働委員会から実効確保のため出向制度の実施にあたっては慎重に行うべきであるとの勧告が出されていることなどを中心とするもので、それ自体は労働組合の側からの企業の労務政策批判の範囲内にないとはいえないものと認められる。しかしながらその行動の態様は、駅頭等の一般大衆が往来し、集まる場所ではなく、控訴人が発令した当の出向先である富士重工伊勢崎製作所正門前であり、早朝の七時〇五分ころから約五〇分間にわたり、相当の音量のスピーカーを使用して「強制出向反対」等として被控訴人補助参加人坂庭らによる演説が行われるとともに、出勤してきた富士重工従業員に対するビラ配布やシュプレヒコールが行われたものであること、前記のとおり本件場所の周囲は住宅街であり、時間も早朝であって、スピーカーによる演説やシュプレヒコールなどは第三者からみれば一見富士重工内部の労使関係のもつれから本件のような情報宣伝活動が行われたのかと誤認されかねないものであって、これらの行動全体は、富士重工の側にすれば、控訴人会社内部の労使紛争が富士重工内部に持ち込まれはしないかという不安を醸成するに足るものであり、企業イメージや近隣との関係等からしても同企業内部において少なからぬ困惑ないし動揺の状態に陥れられたことは前記二11に述べた富士重工側の対応を指摘するまでもなく健全な社会常識に照らし容易に認められることである。富士重工や被控訴人補助参加人組合に富士重工社員や住民などからの苦情や問い合わせがほとんどなかったことをもって、富士重工の側に対し不当な影響がなかったとは到底いい得ない。
なるほど、その演説内容や配布されたビラの内容自体は、控訴人の労務政策批判の範囲内と認められ、かつ、本件行動の時間、場所、態様などから判断して、本件行動の目的が、被控訴人補助参加人らが主張するように出向社員の激励や、出勤してくる富士重工社員に出向に対する国労や被控訴人補助参加人組合の主張の理解を求めるという面があったにしても、前記認定のような本件行動全体を観察すれば、それと並行して、富士重工の側に一定の心理的圧力を及ぼし、出向制度について出向先である富士重工の側から控訴人に今後の出向受け入れの辞退を余儀なくさせるなどの働きかけをし、もって出向制度に対する国労や被控訴人補助参加人側の立場を有利に運ぼうという目的があったことも推認せざるを得ないのである。仮に被控訴人補助参加人らにそうした自覚的意図がなかったとしても、本件行動のような行動をとれば富士重工の側に前記のような諸々の影響を与えることは容易に予見できたというべきであるから、少なくとも被控訴人補助参加人らには富士重工に対し上記のような困惑ないし動揺を与えたことについて重大な落度があったといわざるを得ない。そして、富士重工の側では、本件行動のような行動が反復されるときは出向受け入れについても再考させてもらうとの意向を明確に示したことは前認定のとおりである。
加うるに、本件行動のあった時期において、控訴人の高崎運行部だけでも被控訴人補助参加人組合に関わる出向先は一〇社、出向者は三八名を数え、なお今後出向先の開拓や拡大が予定される状況下にあり、もし、被控訴人補助参加人らの本件行動のような行為が富士重工や場合によっては他の出向先においても行われ、出向先企業から控訴人社員の出向受け入れに消極的姿勢が打ち出されたような場合には、控訴人の企業目的遂行のため不可欠であったと見られる出向制度はその根幹に甚大な悪影響を受け、ひいては適正な人員配置や企業運営の目的達成に著しい支障が生じたことも優に推認され得るのである。そして、そのような状況下にあったればこそ、本件行動自体が早朝約五〇分間の行動で終わり、当日富士重工の社員または住民との間にトラブルが生じたり富士重工の業務に具体的な実害が生じたとまでの事実は認められないなどのことを考慮に入れても、被控訴人補助参加人らの本件行動の影響が軽微であったとは必ずしも認めがたく、これを単なる一過性の行動であるからとして放置すべき事柄とは到底認められないのである。
以上、本件行動の目的、態様、影響等を総合的に考慮すると、本件行動は、出向先である富士重工に少なからぬ不安動揺を与え、このため富士重工の控訴人に対する信頼を低下させ、控訴人の業務運営を不当に妨げるおそれがあったものであり、労働組合または労働者の正当な活動の範囲内とはいえない行動であったといわざるを得ない。
もっとも、本件出向により、出向者は出向先の使用者の指揮命令に服することになるから、出向者のうち被控訴人補助参加人組合の組合員である者については、被控訴人補助参加人組合は富士重工との間で組合員の経済的地位向上などのために団体交渉を要求する権利が存するといえるが、国労や被控訴人補助参加人組合が富士重工当局に対して本件行動に至るまでの間に本件出向に関してその人選や手続に関して何らかの団体交渉を要求したとの事実は本件証拠上窺われず、またその交渉も富士重工に不当な迷惑を与えたり、富士重工と控訴人との信頼関係を不当に損なうことがないような方法で行わなければならないことは当然であるから、富士重工が国労や被控訴人補助参加人組合との団体交渉申し入れを受ける立場にあるからといって、直ちに本件行動が正当化されるものではない。
また、本件出向については、補助参加人組合から被控訴人に対し七月二一日に不当労働行為救済の申し立てがなされ、同月二八日付で被控訴人から控訴人に対し、出向命令の実施については、被控訴人において審査中であり十分留意の上慎重を期せられたい旨の勧告書が交付されていた事実が認められるところ、もとより労働委員会の勧告は控訴人側においてその趣旨を十分尊重し、出来る限りその勧告に沿った措置が取られることが望ましいことは当然である。しかしながら、勧告それ自体は法的効力を有せず、使用者に対して出向の実行の慎重な対処を任意的に促すに過ぎないものであるから、勧告があったことをふまえてなお使用者が出向発令をした場合であっても、その出向命令が直ちに違法無効となるものでなく、労働組合の出向に反対する抗議活動や様々の情報宣伝活動が全て許容されるものでないことは言うまでもないところである。そのような勧告がなされたことは本件行動の背景事情として十分考慮すべきではあるが、本件行動は、前認定のとおり、出向先企業に対して不当に不安動揺を与えたものであるから、本件勧告の事実を考慮に入れても、本件行動が労働組合の正当な行為とはいえないとした前記判断を覆すに足りるものではない。
したがって、以上の事実を考慮すると、本件行動が労働組合の正当な活動の範囲内であるとした被控訴人の命令は、既にその前提において相当でないというべきである。
四本件懲戒処分の相当性
控訴人が就業規則で定める懲戒処分の種類、内容、本件懲戒処分により被控訴人補助参加人四名の者の受ける不利益などについての認定は、原判決一七枚目表三行目から同枚目裏一〇行目までと同一であるから、これを引用する。
そこで、本件懲戒処分の相当性について、以下判断する。
前記のとおり控訴人の就業規則には、懲戒処分として懲戒免職、諭旨解雇、三〇日以内の出勤停止、減給、戒告の五種が定められていることが認められるところ、懲戒権者は懲戒事由に該当する行為の動機、目的、経緯、態様、影響などのほか、当該労働者の処分歴や他の懲戒事由該当行為との処分の比較権衡など諸般の事情を考慮して懲戒処分をすべきかどうか、また、懲戒処分をする場合にいかなる処分を選択すべきかを決定することができるものと考えられる。そして、その判断は、右のように広範な事情を総合的に考慮してされるものである以上、労働者にとって影響の強い解雇処分の場合は別として、その他の処分の場合には、先ず企業秩序の維持確保の第一次的責任を負い、平素から労働者の勤務状況、他の非違行為との比較などに通暁している使用者の合理的な裁量に委ねられていると解される(けだし、そのような合理的裁量に委ねなければ、到底適切な結果を期待することができないからである。)。したがって、控訴人が右のような裁量権の行使としてなした懲戒処分は、それが社会通念に照らして著しく妥当性を欠くと認められない限り不相当のものとは取り扱うことはできないと解するのが相当である。
右の見地に立って、本件懲戒処分の適否を判断するに、本件懲戒処分の対象となった被控訴人補助参加人らの行為は前記認定のとおりであり、使用者である控訴人ばかりでなく出向受け入れ先の第三者的立場にある富士重工にも少なからぬ不安動揺を与えたものであり、そして、これらの行為が再び富士重工や他の出向先などで行われれば、ひいては、出向受け入れ辞退の申し出が出向先企業などからなされることも予想されないではなく、もしそのようなことになれば新会社として発足後間がなかった控訴人としては、その企業基盤を整備し、余剰人員活用のため必須の施策として打ち出した出向制度の根幹そのものが破壊されるおそれなしとしないものであって、その行為の態様、程度、影響などの諸般の事情に鑑みると、本件行動は必ずしも軽微な非違行為であったとはいえないのである。そして、これらの行動を<書証番号略>により昭和六二年度中に控訴人がなした出勤停止五日の懲戒該当行為とを比較してみても、控訴人の業務施策に与える影響などへの観点からみると本件懲戒処分が著しく重いとは断ずることはできないのみならず、社会通念上著しく妥当性を欠くとか、裁量権の範囲を逸脱したものともいうことはできない。
なるほど、前掲各証拠によれば、控訴人の幹部には、国労の行動に対しては場合によっては厳しい労務対策をとることもあり得るとの趣旨の発言をしている者があったことが認められるけれども、右のような発言があったからといって、直ちに本件処分が特に偏頗であるとか、同組合の組織の分裂ないしは弱体化を図ったものということはできない。
したがって、本件懲戒処分を不相当のものであるということはできない。
五以上の次第であって、本件懲戒処分が不当労働行為に該当するとしてなされた本件救済命令は、その余の点について判断するまでもなく違法であり、取り消しを免れない。
よって控訴人の本訴請求は理由があるから認容すべきであり、これと異なる原判決を取り消し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九三条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官山下薫 裁判官並木茂 裁判官豊田建夫)